他人の手を借りられないママへ

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こんにちは。

今日もチラチラと雪が降っている
新潟市からです。

さて、私は新潟市職員の方と子育て関係の
お話をする機会があるのですが、
市・区の担当者さん
どちらからも聞かれた質問です。

新潟市「杉野さんはどうして他人の手を
借りられたのですか?」

この質問が出ると言うことを考えると、
他人の手を借りられるママが新潟市では少ない
ということですかね。

難しいですよね、わかります。
私も手を借りられるようになったのは
2人目の子からですから。

私が打破できたのは、
2つの理由からです。

①母子の安全が確保できないと
気づいたから
②災害時、気にかけてくれる人数は?
と考えたから

これは言わばセーフティーネットの確保です。
「セーフティーネットとは(比喩的に)
社会的・個人的な危機に対応する方策」
大辞泉

後半は私が気づいた母子共に、
安全ではない実体験を紹介します。

誕生日

①母子の安全が確保できないと

気づいたから
私の子育ては東京でスタートしました、
親戚・家族に手を借りられない状態でした。
仕事が忙し過ぎてましたから。
ワンオペってやつですね。

母子ともに胃腸炎になった日、
私も39.3度の熱がありました。
娘が吐いてお腹も下して、
私は深夜にオムツをかえたらしいです。

汚れたオムツはひらいたまま、
娘にズボンもオムツもはかせてないまま、
私は隣で倒れていたようです。

家族「何してるの?」

深夜2時に帰宅した家族から声をかけられ、
やっと娘がほぼ裸と気づきました。
「これはダメだ。母も子もいつか危ない。」

ここで2番目の気づきも得ます。

「私と娘が倒れていて、気づかれるのは何日後だ?」

家族は泊まり・出張も多く忙しかったですから。
定期的に私たちを訪問する人が必要とわかりました。


災害時、気にかけてくれる人数は?
と考えたから

日常でできてないことは、
非常時にできるわけがないのです。

災害が起きた時、
私と連絡が取れなければ○○さんに聞けば
杉野さんの居場所がわかる…
なんて認識ができる人は近所に誰もいませんでした。

これは私が近所の人に対してもそうでした。

私「災害が起きた時に助けてくれる人は誰かな?」
娘「…プリキュア。(当時2歳)」

そう、私たちにはプリキュアしかいませんでした。
災害時、心配してくれるリアルな人間が
近くにいないということです。

日常的に私たち母娘を気にかけてくれる人…
だから定期的に訪問してくれる人を
お願いしようと考えるようになりました。

でも、大切なのはセーフティーネットの為と
考えないことですよ。
この状態になってやっと「他人の手を借りられる」ということは、
健全ではないです。

著書『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』で
一躍世界のオピニオンリーダーになった
作家・チママンダ・ンゴズィ・アディーチェは、
子どもが生まれた友達に宛てた手紙の形で本を、
出しています。
『イジェアウェレへフェミニスト宣言、15の提案』
その中の言葉を紹介します。

「すべてやるなんて、どうか考えないで。
私たちの文化はすべてやる力のある女性をやたら褒めるけど、
その賞讃の前提を疑うことはありません。」

つまり、人の世話や家事は女性がやるものという
前提に立っているから疑わないということですね。

子どもが生まれた両親に問うのは次の内容だと
アディーチェは続けます。

「女性がすべてやることができるかどうかを
問うのではなくて、職場でも家庭でも、
両方の親がやるべき仕事をサポートするには
何が最良かを問うべきなんです。」

そもそも「子育て」には多くのサポートが
必要だということです。

赤ちゃんだって沢山の人から
「可愛いね」と言って貰える機会が増えますよ。

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